「日本で最も美しい村」馬瀬でも棚田の景観がよく残る西村集落を「馬瀬里山ミュージアム」と名付け、グリーン・ツーリズムの舞台になっています。
「里山ミュージアム」とは、農村景観や日常の暮らしの文化をまるごと野外博物館に見立てて、都市と農村の交流を行うことにより、地域活性化を図る取り組みです。温泉施設・美輝の里や水辺の館、道の駅、観光ヤナなどの観光施設があるほか、手入れされた農地や間伐林、除草のために放牧された飛騨牛やヤギなどが、美しい農村風景をつくっています。
西村地区には、馬瀬川を扇状に囲んで棚田が重なり、斜面に黒い瓦を載せた大屋根の民家が点在しています。
益田づくり民家は、朴葉の木やイチイの生垣を配した風格ある民家で、山水を引いた水屋や、川沿いには湧水水屋のある家も見られます。集落のどこからでも湾曲した馬瀬川を見下ろすことができ、日本の原風景を思わせる懐かしい農村景観が残っています。集落の外れには、渓流魚付保全林に指定された雑木林の山が続き、馬瀬で最も紅葉が美しい渓谷のひとつです。
馬瀬川の源流にある竜馬峰(高山市)は、天駆ける竜馬が眠ると伝えられ、「飛騨」の語源となったとも言われています。 馬瀬地域の南端にあたる西村地区は、下呂温泉の幸田地区と郡上を結ぶ街道が通り、古くから人の往来がありました。平安時代末期には、源義平(悪源太・源頼朝、義経らの長兄)が平治の乱に敗れて馬瀬の地に落ち延び、再起を期して兵を募集したと古い社の縁起に伝わります。江戸時代は、集落に口留番所が置かれて、飛騨と美濃を行き来する人や物資に税を掛けました。大屋根の益田づくり民家や繭蔵など、養蚕で栄えた名残が残り、山村ながらどこか余裕が感じられます。
かつて炭焼きの春木山、肥料として利用される草地として管理されてきた里山の雑木林は、燃料革命や化学肥料の普及によって姿を消し、スギやヒノキの人工林に変わっていきました。現在では、集落の外れの広いススキ野原を利用して、馬瀬特産のトマト栽培の肥料にしています。また、除草を兼ねて集落周りの原っぱに飛騨牛やヤギを放牧するなど、エコな自然循環型農業を実践しています。美輝の里では、温泉を湧かすペレットボイラーに市内工場で製造した端材ペレットを利用しており、燃料の地産地消を図っています。
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馬瀬里山ミュージアム・西村集落を案内する地元ガイドです。春には山菜を摘んで天ぷらにしたり、秋には紅葉を楽しみながら、漬物や馬瀬茶で地元の皆さんと触れ合うウォーキングにご案内します。 |
馬瀬川沿いには、湧水を利用して野菜洗いや食器すすぎをする水屋がある家が残っています。棚田の家々は山水を引いていますが、直接、湧水があるところは少なくなりました。水屋から流れたご飯粒等は、庭の池で鯉のエサになり、きれいに浄化されて馬瀬川に流れていきます。 |
坂本橋近くの休耕田に、水車が2基回っています。 |
西村集落の外れに広いススキ野原があります。農家が刈り取ったススキが、馬瀬特産のトマト栽培の肥料になっており、エコな自然循環の様子を見ることができます。
遊歩道・美輝の里西村おさんぽコースの最上部からは、集落の全景が見下ろせます。馬瀬川が中央に流れ、扇状の棚田と黒瓦屋根の民家が連なる風景は、美しい村が実感できます。
西村集落では、除草を兼ねて集落周りの原っぱに飛騨牛やヤギを放牧しています。ドライブやウォーキングの途中で、のんびり草を食む姿を見ることができます。 |
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美輝の里駐車場のすぐ下に、飛騨牛と一緒にポニーやヤギを飼っている農家があり、ウォーキングコースの人気者です。駐車場からも放牧風景が見られます。この辺りにはキツネの「コン」も現れ、ホテルフロントに「出勤表」があります。 |
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西村集落の南にやや小ぶりの西村ダム湖があります。翡翠色に澄んだ水は神秘的です。初夏の晩にはダム周辺をホタルが乱舞します。 |
住民手作りの花餅は、正月に彩りを添える縁起物として、
古くから作られてきました。
お茶栽培の北限地。馬瀬川の川霧に包まれる棚田の縁で自家用に作られてきました。寒暖の差が大きく、味わい深いお茶をどうぞ。 |
赤かぶを冷たい冬の水で洗い、漬物を作ります。白菜の品漬けなども、しゃきしゃきしておいしいですよ。
民家の軒先で天日干しされた甘い干し柿です。